どうもこんにちは。
かげやまです。
いま、長野県伊那市にある製本所
美篶堂に来ています。
(この記事も、その工場の一画にある事務室で
書かせてもらっています)
昨日は雪でした。
今日は晴れましたが
昨日からの雪が残り、寒いです。
でもキリリとしていて
気持ちのいい、引き締まるような寒さです。
クルミド出版として
これまでにつくってきた本のほとんどは
美篶堂さんで製本をしてもらってきました。
原稿があって、それを編集する過程があって
本の形にデザインして印刷して・・・
と続く本づくりの工程の
最終ランナーは、いつも美篶堂さん。
のりをつけ、表紙をつけ
最後はさするようにして仕上げて
そのさまは、一冊一冊の本に
一つ一つの命を吹き込んでくださっているかのよう。
写真は、寺井暁子さんの『10年後、ともに会いに』
この効率化の時代
いまや製本は機械でもできるというのに
時間やコストがいっそうかかる手製本に
はたして生きる道はあるのか。
「いや、ある」と声を大にして
言いたい気持ちがある一方で
やっぱり時代の趨勢には抗い難いのかとも…。
そもそも本って、なんなのでしょうか。
なぜ本って、つくられるんでしょうか。
それはお金のためなのでしょうか。
もしそうなのだとしたら
利益を出すために本があるのだとしたら
時間やコストのかかる手製本には
生きる道はないようにも思います。
でも、いつから本は「商品」になって
しまったんでしょうか。
じゃあ、商品でないとするならなんなんだと聞かれたら
それは「表現」だ、くらいしか
言いようはないのですが…。
それでもやっぱり
「もうかる本をつくるには」という問いから
スタートしてできあがった本と
「いい本をつくるには」という問いから
スタートしてできあがる本との間には
小さくない差があると信じたい気持ちです。
もちろん、その取り組みが
経済的にも報われて欲しい気持ちはあります。
売上というのは
受け取ったくださった方々からの感謝の表明
そしてそれらの蓄積としての
社会的な評価の一つだとは思いますから。
ただ、それは結果、ですね。
そのためにベストを尽くしたいとは思いますが
それを目的として
少なくともぼくらは本づくりはしていません。
実は今日から
弊社スタッフの一人が、3か月間
美篶堂での実習に入ります。
いま、新しくつくっているお店では
本屋をやりたいと思っていて
そこではぼくら自身も
少しずつ自分たちで製本を
やっていきたいと思っているからです。
「まあた、もうからないことを」と言われてしまいそうですが
繰り返しですが、もうけのためにお店をやっているわけでは
ありませんし
少なくとも続けていけるくらいにはきっと、できる
できるんじゃないか
できたらいいな…
ということで
この道に踏み出してくれた彼女にも感謝。
そして今日も
人の手で仕立てられた本が
みなさんの手元に届けられるその日を
待っています![本]()
